1:ちょっと気になる 飛行機の歴史

1783年11月21日 フランス パリ に於いてモンゴルヒィエ兄弟が人類最初の有人熱気球の飛翔に成功させ、又同年12月1日シャルルも水素ガスによる飛行を成功させた。それ以来、日本にも、これらの情報が、当初、パリからオランダを経由して船にてオランダ商館長(カピタン)により長崎の出島に伝えられ、最終的には江戸幕府の大名の知るところとなった。  その後、この種の情報は、一般の物理書、化学書等による伝来も加わり欧州(主としてパリ)から一方的に飛行機(この場合は軽気球)情報が幕末まで伝えられてきていた。

明治10年 (1877年)5月21日、東京築地にて、外国人の手を借りず日本人のみによる軽気球の試験が実施された。この事が、パリ経由、ロンドンに伝えられ、約2か月半後、新聞「THE TIMES」に掲載された。

日本から欧州に発信された我が国最初の飛行記事ではないでしょうか。


 
築地海軍省
於繰練場
風船御試之圖
広重 画
所蔵 No D055

A :THE TIMES    (Monday, August 6, 1877, London)
   MISCELLANEOUS CONTINENTAL NEWSの中の一部
                         (BY TELEGRAPH)   PARIS, AUG 5

記事内容
The Japanese, it seems from a letter in the Temps, have
introduced balloons. Without any European assistance,
they have constructed at Tokis one containing 15,000cubic
feet of gas, which was inflated by means of an air - pump,
and a young student made the first ascent. It is to be
employed in the war against the insurgents.
      *: 東京がTokis と記載されている
B : 陸軍省より海軍省へ製造依頼された軽気球は明治10年5月21日(1877/5/21)日本で
   初めて人(馬場新八)を乗せて40間ほど空中に昇った。 (東京日日新聞1877/5/24)  
 

風船を製作し、乗った人(繋留)
海軍省六等出仕 麻生武平
同機関士副    馬場新八 (広重 画では 馬場平八と書かれている))
生徒        浦野喜三郎、山本直徳、森友彦六、山本良三郎
                            (東京日日新聞1877/5/22)

明治10年5月28日 御届