齋藤式飛行機安全下降装置ヲ實施シテ下降スル形状
          
齋藤外市

  (山形県) 鶴岡 長山小路 寛明堂 撮影  (生写真) 

齋藤外市(さいとう・といち)は慶応元年(1865年)、山形県東田川郡長沼に生まれた発明家、実業家、政治家
として多面的に活躍した人物である。。
航空関係では、次のような発明があった。
明治22年(1889年)5月、25歳の時、軍用軽気球を発明し陸軍省に採用された。
明治43年(1910年)7月、飛行機を発明し、特許を出願した。
明治44年(1911年)1月、飛行機を船艦より飛揚させる方法を発明した。
明治45年(1912年)1月、斎外式飛行機を発明した。
明治45年(1912年)6月、鶴岡町郊外赤川河畔の菅原馬場にてその(単葉)飛行実験を実施した。

この写真は明治末、斎藤外市の同郷、山形県鶴岡町 長山小道の写真館 寛明堂 で撮影された「飛行機
安全下降装置」をもった齋藤式飛行機(模型?)である。
当時の飛行機は、飛べば落ちるという状況にあったので、飛行中エンジンが不調を生じた場合エンジンを切り
離し、パラシュートを開かせ、ハンググライダーのような状態で安全に下降、着陸することを考えたようである。
齋藤外市は絹織物を扱う実業家でもあるので、軽くて強い絹を、飛行機に利用しようと考えたのではないか。
その他、このような複葉機についての詳細は不明である。

所蔵 No d337